体験談
めぐり会い
匿 名
『医者選びも寿命のうち』という文を読んだ事がありますが本当にそのとおりだと思います。常に治療に専念して下さる医師にめぐり会えた患者や家族は幸わせそのものです。
まじめの上に馬鹿が二つもつくと言われた夫、優しい穏やかだった夫が緑内障で物が正確に見えなくなった事やこれからの不安からか幻覚や幻聴に悩まされ暴れるようになってしまいました。夫の暴れ方に手をやき施設にお願いしたのが八年十一月のことです。ところが僅か二週間で別人の様な表情となり、顔は横向きでうつむき、かにの様に横歩きをしていました。夫とは思えないみすぼらしい姿に驚くばかりでした。婦長さんに尋ねると、「頭の悪い人は皆下向きになる」と言われ、何とかしなくてはと頭の中は混乱するばかりでした。周囲を見回しましたが夫と同じ恰好をしている人はいませんでした。人の心を傷つける婦長に怒りさえ覚えました。
発病当時はパーキンソン病の症状は個人差があり診断が難しかったそうです。しかし、素人の息子が「おやじの症状をパソコンに入れたらパーキンソン病と出たよ。」と教えてくれました。大学病院の医師の診断はアルツハイマー、夫の正しい病名はなんだろうと医師の診断を疑いました。一時間半かけて電車や車を乗り継いで通院するのは無理となり、近くの病院で診察を受ける事にしました。土踏まずから先が真っ黒になり「このままでは両足とも膝下から切断です。」と言われたり、廊下や玄関から落ちたり、バランスをくずして倒れたりで身体中傷の絶え間がありませんでした。胸を押さえて失神し救急車のお世話になる事もたびたびでした。「歩けない。」という夫に「運動神経をやられてしまったから。」という医師、何もかも悪い方へと診断されてしまった様です。
半年ほどたったある日、大学病院の医師から直接自宅へ電話がありました。
「普通のアルツハイマーとは違う。別の薬を使ってみましょう。某医大初めての投薬です。本人が来られなければ家族がとりに来て下さい。」との事で私がひとりで話を聞きました。「Mさん入院しませんか。学生達に見せたい。」「歩けないので連れて来られません。」、「それでも連れて来て下さい。」と念を押されました。本当に情けない悲しい話でした。廃人同様になってしまった夫を人前にさらすなんて。これ以上の人権無視はない。もっと心ある診療をして下さっていればこれほど悪化せずにすんだのではないかと医師への不信感を募らせるばかりでした。後で知った事ですがこの時処方された薬はパーキンソン病の薬で前から使用されていた薬であり、施設で飲んだ薬は筋肉を硬くするものだったそうです。
施設も病院も夫にとっては最高に悪い所、どこにいても同じなら私の傍でと家での介護が始まりました。幸いすばらしい医師にめぐり会い往診して頂ける事にもなりました。寝たきりとなってしまった夫を親身になって守って下さっています。
十三年二月に初めて長期入院をしました。この時診療された医師は「パーキンソン病の末期でいつ呼吸が止まっても不思議ではない。今晩一晩の命。」と診断されました。それでも「大丈夫ですからね。」と勇気づけて下さいました。自発呼吸ができなくなっていましたので気管切開をしました。従って声が出ず話ができない。口から食べることもできない。おまけに緑内障で失明となりました。何の楽しみもなくなった夫をそれでも私の傍にいて欲しいと願うのは酷だと思う事もしばしばです。
現在一日のほとんどを眠っていますが排尿は一本指、排便は二本指と使いわけ目を開いて教えてくれます。頭が悪ければ考えられない事だと思います。「おれはもう駄目だ。」と泣きくずれた夫を思い出すたび力になれなかった事を詫びながら毎日の介護に精を出しています。看護婦さん、ヘルパーさん達も私達夫婦の気持ちになって、これ以上の介護はできないと思うほど一生懸命夫に接して下さっています。本当にありがたいと感謝するばかりです。
最後に医療関係の仕事をされている方々に望みます。患者は家族のひとりという気持ちで診療して下さる様心からお願いいたします。
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